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第3回 スタッドレス開発秘話 後編 朝まで続く実験!難題を解いた“猫のトイレ”

【TOYO TIRES】のスタッドレスタイヤには、クルミの殻が配合されている。タイヤにクルミ。常識では考えられない組み合わせだが、その歴史をたどると今から 10年以上前にまで遡る。

「スタッドレス開発秘話 前編」はこちら

4つの条件

ひっかき効果があり、0.1ミリにまで粉砕でき、安定した供給が見込めて、粉塵(ふんじん)公害(※1)を起こさず環境にやさしい素材…。当時、スタッドレスの開発を任された磯部は、そんな4つの条件をクリアする素材を探し求めていた。
何度も素材を変えては実験を繰り返し、研究に行き詰まった磯部にヒントを与えたのは、当時の購買担当者だった。

「精密機械の研磨材として使われるクルミの殻は、どうか。」1988年、スタッドレスとクルミが出会った瞬間だった。クルミの殻は、精密機械や眼鏡の縁などの研磨材として使われているため、安定した供給が見込める。購買担当ならではのアドバイスだった。

タイヤとクルミ

モース硬度値による硬さの概念図実験の日、磯部は固唾を呑んで計測器を見つめた。時折、針が大きく振れた。クルミの殻には、ひっかき効果があったのだ!また、クルミは氷より硬いアスファルトよりも柔らかいため、環境にやさしい。これこそ、磯部が求めていた素材であった。

しかし、磯部を待ち受けていたのは、更なる難関だった。タイヤに異物を入れる、しかもクルミの殻を入れるとは…。工場でゴムを混ぜるのは、精練課である。彼らは、皆渋い顔をした。
前例がないというだけではない。一度クルミを入れた混合機(※2)は、きれいに掃除をしないと次のタイヤのゴムを入れられないため、効率が悪いのだ。

現場の説得

クルミのひっかき効果を確信していた磯部は、担当者を説得し、通常の生産ラインの合間を縫ってゴムの混合を試みた。研磨材でもあるクルミは、混合機の内部まで削ってしまう恐れがあるため、ゴムにクルミを投入するタイミングが決め手となった。
当初は、クルミ入りゴムに半信半疑だった担当者たちも、時には明け方まで混合を続ける磯部の熱意が伝播したのか、しだいに積極的に取り組むようになった。
混合工程の作業標準が見直され、いよいよタイヤの生産が開始された。

クルミ入りスタッドレスタイヤ誕生

こうして1991年9月、クルミの殻を配合した新しいスタッドレスタイヤ「オブザーブX9」が誕生したのである。
「オブザーブX9」は、新技術を用いたスタッドレスとして業界の注目を浴びただけでなく、ユーザーの評価も上々であった。

磯部は語る。「やったぞ!非常に良いものができた!という自信と達成感がありました。しかし一方で、タイヤは人の命を乗せて走るものですから、まだまだ性能を上げなければ!という使命感もありました。そしてそれは、材料開発を離れた今も同じ気持ちです。」

2003年11月現在、磯部は本社で購買を担当している。タイヤの開発には関わっていないが、その昔、購買担当者が磯部にクルミというヒントを与えたように、今度は磯部が誰かにヒントを与える番なのかもしれない。

終わらないスタッドレスの進化

現場から離れた磯部に代わって、スタッドレスタイヤのゴムの配合を引き継いだのは、後輩の酒井だった。1990年代に入ると、今までにない路面の状況が生まれた。スタッドレスという新しい冬用タイヤによって路面が磨かれ、ミラーバーンが発生するようになったのだ。

交差点では、信号待ちのクルマで暖められた路面に水膜ができ、ミラーバーンはさらに滑りやすくなった。ドライバーの安全に対する要求は、高まることこそあれ低くなることはなかった。酒井に架せられた第一の難題は、この『水膜』だった。

“猫砂”が生んだ?次世代スタッドレス

ある休みの日、酒井は友人の家を訪ねた。その家には飼い猫用のトイレがあった。猫用トイレを指しながら、友人は言った。「猫砂には、消臭効果もあるらしいんだよ。」
消臭効果、という言葉が酒井の直感をくすぐった。猫用トイレの砂は、臭いも水分も吸収する。だとすれば、タイヤと路面の間にできる水も吸収するのではないか?

コンパウンドテストは、雪を求めてニュージーランドへも行った。納得のいくテスト結果に、晴れ晴れとした表情の酒井。
コンパウンドテストは、雪を求めてニュージーランドへも行った。納得のいくテスト結果に、晴れ晴れとした表情の酒井。

猫砂の成分にヒントを得たある天然素材をタイヤのゴムに配合したところ、期待以上の『吸水(※3)』効果があった。しかし、この素材はクルミに比べても高価なため、製造コストの上昇を抑えることが次の課題となった。

酒井は、結晶構造によって吸水効果に違いがあることに着目し、実験を重ねた。そしてついに、最大の吸水効果が得られる構造に辿り着き、“層状結晶”という名前をつけた。これでコスト面の課題をクリアできる!酒井の心は躍った。

また、酒井は『ひっかき』効果を高めるため、より硬い“鬼クルミの殻”を採用し、『密着』効果を高めるために、低温でもゴムが硬くなりにくい“シリカ”の配合を決定した。

現在のスタッドレス

2003年8月に発表されたスタッドレス『ガリットG30』では、シリカ、層状結晶はもちろんのこと、鬼クルミが700万粒配合された“吸水クルミックスゴム”が使われている。

しかし、磯部の言葉にもあった「まだまだ性能を上げなければ」という使命感は、後輩の酒井、ガリットG30の開発にあたった技術者たちにも通じる共通の思いである。
【TOYO TIRES】のスタッドレスの進化は、終わることを知らない。

(2003年11月掲載)

(※1)粉塵公害
スパイクタイヤによってアスファルトの路面が削られる公害。詳しくは「プロジェクトTOYO:第2回」を参照。

(※2)混合機
タイヤのゴムを作るため、原料を混ぜ合わせる機械。

(※3)吸水
タイヤと路面の間にできるミクロの水膜を取り除くことが、スタッドレスを滑りにくくするポイントになる。【TOYO TIRES】が採用しているのは、吸水クルミックスゴム。



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