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第4回 PROXES誕生秘話 ニッチ市場に賭けた、男たちの戦い

2004年1月、【TOYO TIRES】は新たな挑戦を始める。
その新戦略の切り札となるのが「PROXES CT01(プロクセス シーティーゼロワン)」の日本先行発売だ。

2004年3月に発売される「PROXES CT01」。上質の乗り心地と落ち着いた走行安定性を持つ。
2004年3月に発売された「PROXES CT01」。上質の乗り心地と落ち着いた走行安定性を持つ。

PROXES(プロクセス)シリーズは、評価基準の厳しいヨーロッパ、世界有数のビッグマーケットを持つアメリカ、その双方ですでに高い評価を得ている。それだけに、日本での展開は失敗が許されない

今回、PROXESシリーズの日本での展開を一任されている、商品企画(※1)担当の藤川に話を聞いた。藤川はPROXESの誕生からこれまでのブランド展開について、熱く語ってくれた。

PROXESの誕生

「PROXES」のブランド展開について熱く語る藤川。取材の受け答えにも思わず、力が入る。
「PROXES」のブランド展開について熱く語る藤川。取材の受け答えにも思わず、力が入る。

PROXESの誕生は、今から13年前にさかのぼる。消費者の目が厳しいことで知られるヨーロッパで、ハイパフォーマンスタイヤとして発売された。1991年、春のことだった。
ヨーロッパでは、広告よりも雑誌などの商品ランキング(第三者機関によるタイヤ性能テスト)が購入の決め手となる。
高い品質とデザイン性を兼ね備えたPROXESは、それらの調査で高い評価を獲得。目の肥えた消費者に認められるまで、そう時間はかからなかった。

「良い製品であれば必ず認められる」
ヨーロッパ市場で認められたその自信が、【TOYO TIRES】をPROXESの新たな市場開拓へと動かした。

アメリカ進出と挫折

1993年、ヨーロッパでの成功をうけ、【TOYO TIRES】はPROXESをアメリカ市場へと送り込む。しかし、アメリカで待っていたのは、けた違いの生産力と販売網を持つ巨大メーカーの存在。小さな日本のタイヤメーカーは、まるで相手にされなかった。

だが、アメリカというビッグマーケットを前に、【TOYO TIRES】の男たちの闘志は燃え上がった
ブランド力、生産力、販売力。あらゆる面で大きな差をつけられた自分たちが、大企業と同じような戦略をとっていては勝負にならない。

「それなら、マーケティング戦略で勝負をするしかない」アメリカでの本当の戦いが、そこから始まった。

若手マーケッターの挑戦

参考:SEMAショーで展示されていたスポーツコンパクトカー。
参考:SEMAショーで展示されていたスポーツコンパクトカー。

その時、立ち上がったのが、【TOYO TIRES】北米販社の若手マーケッターである。
彼は、これまでのディーラー中心の保守的な商品企画に疑問を抱き、新しい視点のマーケティングを模索していた。その結果、たどり着いた答えが「スポコン(スポーツ・コンパクトカー)用タイヤの開発」だった。

スポコンとは、当時、西海岸の若者の間で流行り始めた小型のスポーツカーをレースカーのようにカスタマイズしたクルマ。アメリカでは昔から、新車状態に飽き足らず、自分好みのカスタマイズを気軽に楽しむ土壌があった。

スポコンを楽しむ若者たちにとってのステイタスが、HONDA「シビック」。彼らは、クルマの性能だけでなく、いかにクルマをカッコよく見せるかにも執着していた。しかし、その要求を満たすタイヤはどこにもなかった。シビックのホイールハウスいっぱいにフィットするタイヤ。 ──そんなタイヤが求められていた。

社運を賭けたタイヤ開発

だが、スポコン用タイヤの開発は、会社としてあまりにリスクが大きかった
新たなジャンルへの挑戦、先の見えないニッチマーケット。多額の設備投資を伴うタイヤ開発を前に、誰もがそのプロジェクトの着手をためらった。

プロジェクトの存続が危ぶまれたその時、商品開発のトップが思い切った決断を下す。
「責任は私がとる。だめでもいいからやってみろ!
ついに、世界初のスポコン用タイヤの開発が始まった。

そこからの【TOYO TIRES】の男たちに、迷いはなかった。小回りの利く生産体制が、開発のスピードに拍車をかけた。
──プロジェクト発足から約1年半後、スポコン用タイヤ「PROXES FZ4」は、発売された。

苦難の末の成功

狙いは当たった。
「PROXES FZ4」は、スポコンファンの若者の心を確実に掴んだ。
しかし、次なる問題に直面した。ニッチ商品である「PROXES FZ4」は、販売店の理解を得るのが難しく、当然、取り扱う店も多くなかった

そこで、【TOYO TIRES】の男たちは、タイヤの特性を知ってもらうことから始めた。昼夜を問わず、販売店を訪ねて回った。スポコンファンが大勢集まる各地のイベントにも赴き、タイヤの特性を説明して回る日々が続いた。

そして1999年、アメリカ進出から6年、ようやく地道な努力が実を結んだ
【TOYO TIRES】のタイヤが、SEMAショー(※2)で装着率No.1に輝いたのだ。それはタイヤメーカーとして、この上ない栄誉であった。

更なる飛躍

SEMAショーの様子。大勢の人で賑わっている。
SEMAショーの様子。大勢の人で賑わっている。

2003年12月現在、PROXESシリーズは、数々の栄誉に輝いている。SEMAショー(※2)での5年連続装着率No.1全米で大ヒットした映画「ワイルド・スピード」シリーズに出演した車両への指名装着など。
それらの実績は、アメリカにおけるPROXESブランドの、そして【TOYO TIRES】の確かな地位を物語っている。

【TOYO TIRES】の挑戦

世界規模で情報が行き交う今日、時代はグローバルな商品を求め始めている。【TOYO TIRES】が世界に誇るグローバルブランド、それがPROXESだった。それだけに、日本での展開には大きな期待がかかる

藤川は語る。
いつかは決断しなければならなかったこと。これ以上のタイミングはない」と。

【TOYO TIRES】の新たな挑戦はまさに、今始まったばかり──。

「PROXES誕生秘話 一流ブランドの称号」はこちら

(2004年1月掲載)

(※1)商品企画
タイヤの商品企画は、クルマとタイヤの市場動向を予測し、最新技術をどのように商品に反映させるかを決定する。

(※2)SEMAショー
アメリカはラスベガスで年に一度開催されるドレスアップカーの世界最大のビジネスショー。詳しくは「走れ!タイヤくん:第25回」を参照。



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